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Nietzsche ニーチェの軌跡

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

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殉教に向かう方向性とルサンチマン

何かを崇拝し、敵の中に飛び込む、死を決して飛び込む様、つまり殉教に向かう方向性は、一種の自己陶酔であり、自惚れです。臆病者、つまり弱者の怨恨が、何かを崇拝するという形をもって、ルサンチマンとして解釈変更される試みです。ルサンチマンの一例。
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批判への批判としての「ルサンチマン」

優越感を欲するのは意識的、無意識的問わず、自尊心を軸にしながら生きているからです。 優越感を刺激するものに対する「批判への批判」としてルサンチマンが使われたりします。 つまり弱者の怨恨であり、奴隷精神であり、解釈変更であり「僻みだ」と居直るようなことです。ルサンチマンはこういった使われ方もします。ただ、これは水掛け論であり、「見栄の塊だ」という批判への反論が「僻みだ」というのも、構造上決着がつきません。優越への努力 批判への批判としての「ルサンチマン」

修道女の純潔と復讐の快感 解釈変更とルサンチマン

修道女の純潔。彼女は何という非難のこもった眼差しで、違った生活の女性を真面(まとも)に見ることだろう!この眼差しには何と多くの復讐の快感があることだろう! 「そういう本来的な暮らし方を選んでいる自分たちは優れている」と「周りに主張」して、「優越感を得たい」という、最初に引用したようなことで、「基準を変える」というニーチェ風に言えばルサンチマンの典型例です。
修道女とまでいかなくてもルサンチマンが大好きな人は、自らの価値基準に従って、その価値基準に合致しない人は排除しようとする傾向があります。しかしその排除は合理的なものというよりも、優越感であり、解釈変更によって自尊心を保とうということの表れです。 解釈変更によって自尊心を保とう「優越感を得たい」というのもルサンチマンの典型例です。ルサンチマンとしての奴隷精神の解釈変更による「復讐」の快感です。

誇りやしたりと優越感

誇りやしたりは、自分だけが秘密を知っているという一種の優越感であり、弱者が強者に勝っているという自己陶酔をするための一種のルサンチマンでもあります。ニーチェは、ルサンチマンが大好きですから、価値基準のすり替えという点について触れることが多く道徳の系譜以降そればっかりです。
彼は相変わらず歯を食いしばり秘密をしっかりと守っている。諸君は人間の誇りの歓喜について何を知っていようか! 曙光 229

バーゼル大学教授だったニーチェ

1869年のニーチェは24歳で、博士号も教員資格も無いまま、リッチュルの推薦によりバーゼル大学から古典文献学の教授となった。

ニーチェは哲学の担当を希望したが受け入れられず、古代ギリシアに関する古典文献学を専門とする。研究者としては、「古代の詩における基本単位は音節の長さだけであり、近代のようなアクセントに基づく基本単位とは異なる」ということを発見した。

1872年、ニーチェは第一作「音楽の精神からのギリシア悲劇の誕生」
再版以降は「悲劇の誕生」と改題を出版。

狂信の対象

狂信の対象は、いわゆる宗教的なものだけではありません。企業や政治思想、末端はアイドルまで、様々です。

アイドルを仕立てあげて、殉教することに自惚れる、これは弱者の怨恨であるルサンチマンの表れです。ヒーローやアイドルだけではありません。愛社精神も含まれます。
彼は、自分とその同類が虐待されるのを我慢し、悲惨の全体を、新しい種類の自己欺瞞とお上品な嘘によって、神のさらに大きな栄光のためにさえなるように解釈するのである。彼は自己に敵対し、虐待される者として、その際殉教のようなものを感じる。

感情の解消の方法論としての考え方の同化

感情の解消の方法論としての考え方の同化は、ろくなものではなく「ルサンチマン」の典型例です。

ある種の「崇高とされる思想」や「ある偉人と同じ考え方」に同化することによって、自らの弱った心持ちを何とかしようとする試みです。聞く側は、動機が「奴隷精神」です。

どんな時でも、「弱さ」からの動機なのではないか、仮想の敵をイメージしたりしていないか、注意が必要でしょう。

感情の解消の方法論としての考え方の同化は、「ルサンチマン」の典型例

盲目的前提条件と僻みの感情

方法論はあくまで方法論であって、その上には「絶対的に良いものですよ」というものは確定していないはずです。しかしながら、そのような語りの際には、おぼろげながらそれを飲み込んでいる場合があります。これが一種の洗脳状態であり、最大の危険性を孕んでいる最たるものです。

下手に反論すると「僻みだ」という叩きが待っています。僻みの感情ではないかということです。

これはルサンチマンではなく、論理上の当然の事実であり、解釈変更による自尊心獲得ではありません。

積極的ニヒリズムの義務教育解釈

積極的ニヒリズムの義務教育解釈 「すべてが無価値だというのなら、自ら積極的に仮象を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度がいい」ということを、ギムキョな人や体育会系が解釈すると、次のような結果が生じます。 積極的ニヒリズムの義務教育解釈 ただ、まずニーチェのニヒリズム自体が、ひとつの思想であり主義です。

ルサンチマンを持つ状態

ルサンチマンを持つ状態とは、実際の行動をとるには社会的な制約があり、自身の無力を痛感している状態であり、社会的に強者であれば、嫉妬や反感などの感情に主体的に行動することができるため、フラストレーションを克服することができる可能性がある。ルサンチマンを持つ人は非常に受け身かつ無力でフラストレーションを溜めた状態にある。

プロフィール

HN:
Nietzsche memo
性別:
非公開
自己紹介:
Nietzsche
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
ドイツの古典文献学者、哲学者。
ニーチェ自身は「心理学者」を自称。

哲学、ニーチェ

ニーチェ

ドイツの古典文献学者、哲学者 悲劇的認識、デカダンス、神は死んだ、アンチクリスト、ニヒリズム、ルサンチマン、超人、永劫回帰、力への意志