心理学者を自認するニーチェによれば、ニヒリズムにおいて私たちが取りうる態度は大きく分けて2つある。ニーチェは積極的
ニヒリズムを肯定し、永劫回帰の思想の下、自らを創造的に展開していく、鷲の勇気と蛇の知恵を備えた「超人」になることをすすめた。
何も信じられない事態に絶望し疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム、消極的・受動的ニヒリズム)。
すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度(強さのニヒリズム、積極的・能動的ニヒリズム)。
虚無主義(ニヒリズム)とは、人生や世界に固有の意味や価値が存在しない、あるいはそれを認識できない状態や思想を指す。これは19世紀後半の西洋思想において特に顕著になり、既存の宗教的・道徳的価値体系が崩壊し、伝統的な価値観がその効力を失った結果として現れた社会的・哲学的現象である。
ニーチェは虚無主義を「価値の空白」として捉えた。彼によれば、キリスト教的な神の死に伴い、絶対的な道徳や意味づけの基盤が消失し、人々は無価値の海に投げ出された。この状態は一見絶望的であるが、同時に新たな価値創造の可能性の前兆でもある。虚無主義は古い価値観の終焉を告げるが、そこから逃げるのではなく、正面から受け入れ乗り越えるべき課題であると彼は説いた。
その乗り越えの象徴としてニーチェが提唱したのが「超人(Übermensch)」の概念である。超人とは、従来の道徳や価値観に縛られず、自らの意志と創造性によって新たな価値を打ち立てる存在を指す。超人は虚無的な世界の意味の欠如を嘆くのではなく、それを自らの成長と自己実現の機会として肯定的に捉え、自己を超克する者である。
虚無主義の問題は、意味や目的を失った結果として人間が絶望や無力感に陥りやすい点にある。これは個人の精神的危機だけでなく、社会の分断や混乱にもつながる。伝統的な価値体系が揺らぐと、人々は虚無的な無関心や退廃、あるいは代替のイデオロギーに依存する危険性を抱えることになる。
ニーチェはこの虚無主義の克服を「価値の再評価」と呼び、既存の善悪の枠組みを壊し、個々人が主体的に新たな価値を創造すべきだと主張した。超人はその理想像であり、自律的な意志を持ち、困難や苦悩を力に変え、自身の生を肯定する。これによって虚無主義の絶望を力強い肯定に転換することができる。
ただし、超人の概念は単なる自己中心的な成功者像ではない。むしろ深い自己洞察と他者への責任感、世界の意味の根源的な探求を含む高度な精神的成熟を必要とする。虚無主義の危険性に抗い、創造的な生の展開を示す哲学的挑戦なのである。
現代においても、虚無主義は依然として根強く存在し、価値の多様化と情報過多の時代において新たな形で顕在化している。超人の思想は、混迷する現代における自己実現や精神的自律の指針として再評価されている。ニーチェのニヒリズムと超人の対比は、意味の喪失と創造の永遠の問題を考える上で欠かせない哲学的命題である。
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